言ってしまえば僕らなんか似せて作ったマガイモノです

 
髪はあっさり落ちます。いままで落ちずにいられたことのほうがちょっと不思議なほど。
薬剤師さんが、「短くしておいたほうがショックがちいさいですよ」と言ってくれていたのに胸まであるままでいたけれど、最初からわかってたことなのでそんなショックとかでもないです。しょーがないやって。湿疹できてうっとうしいのでバリカンで刈ってしまいました。
 
 
たいていのひとは「髪は、また生えてくるよ」て言う。
そのとおりだし、私にも、だから我慢、というのはあります。このままだっていい、と思ってるわけじゃないです。でも、この本を思い出します…

ジロジロ見ないで―“普通の顔”を喪った9人の物語

ジロジロ見ないで―“普通の顔”を喪った9人の物語

企画がスタートした当初、「取材に協力しますよ」と言ってくれた人は、わずかに3人でした。私たちは顔にアザや病気、ヤケドを負った方々が集まる会に行き、企画書を配ったりもしていたので、参加してくれる人はすぐに集まるんじゃないか、と期待していました。しかし、半年経っても新たな参加者が1人も現われなかったのです。
そこには、大きな理由がありました。それは、この本には“写真が載る”といいことでした。彼らは、どちらかといえば、写真に撮られることを避けてきた人たちです。(あとがきより)

 
円形脱毛症の女性が取材を受けています。
症状が現われたのは4歳、7歳からカツラを被ったそうです。就学と同時に、ということでしょうけれども、それでもいじめられたと書かれています。逆に家では母親に暴力を振るっていたそうです。
大人になって、おしゃれなカツラをつけてメイクした写真は笑顔で、脱毛症であることはぜんぜんわからないくらいだし、脱毛症を考える会の立ち上げに参加して講演も引き受け、カツラ・カウンセラーとしての仕事は3ヶ月先まで予約が入っているほど順調だったけれど、でも、この本の取材原稿が完成した直後に亡くなりました。自死、27歳でした。
どこも痛いわけじゃないのに治療対象であることは理不尽で、視線にさらされるなら強くなければと課さずにいられない毎日で、周りが思うよりも、ずっと息苦しかったろうな…
自身の姿は、問われなければ問わずにいられるでもないというのに。