けんぽー

 
「国のかたち」を決めるもの、と言われても、それを実感したことないです。
憲法で守られた価値観のもとで生きてきただろな、とは思うけれど、「国民投票でどうぞ」と言われてもどうしていいか困ってしまう。投票用紙に、わからないから決められません、て書くわけにもいかないし。うー、「戦後レジームからの脱却」て??
 
 
憲法とは何か (岩波新書)』より。

愛国心」なるものが向けられるのも、憲法によって構成される政治秩序に対してである。国家の基本となる構成原理という、この意味での憲法が変更されたとき、「体制変革(Regime Change)」が発生し、新たな政治秩序が発足する。
現在、日本では、憲法典を改正すべきか否かについての議論が盛んであるが、国家の基本となる構成原理としての憲法という視点は、憲法の改正に関しても、さまざまな示唆を与える。

冷戦は、異なる憲法原理、国家権力の異なる正統化根拠を掲げる二つの陣営の戦争状態であった。表面的には、それは市場原理に基づく資本主義陣営と、計画経済に基づく共産主義陣営の対立と見えたかもしれない。しかし、資源の配分方法に関する対立は、そもそもの憲法的対立から派生する二次的対立にすぎない。体制の正統性をめぐる対立であったからこそ、相互の「殲滅」の理論的可能性をも視野に含めた軍事的対立が現出した。

 
わからないとこはすっ飛ばして読んでます、どうせなにもわかっていないのだもの(笑)
終わった3冊では『憲法と平和を問いなおす』がおもしろかったです。あとでもう1度読んでみよかな。寄り道して『これが憲法だ! (朝日新書)』も。
 
 
 
 
 

国民全体の福祉を格差なく向上させるという国民国家の目標は、現実には実現困難である。国家の政策は、常に勝者と敗者とを生む。議会制民主主義では、この勝敗がある限界点を超えれば多数派の交代が起こり、勝者と敗者が入れ替わる。他方、選挙を通じたこうした交代を否定するファシズム共産主義の下では、一等国民たるインサイダーとスケープゴートたる二等国民の対立、支配階級と被支配階級の間の激烈な闘争、あるいはそれらを反映する国家間の対立が、国策によって必然的に生み出される矛盾・対立を説明し解決する道具とされる。

 『憲法とは何か』

 
丸山眞男をひっぱたきたい』を思い出しました。
なにか書けるわけじゃない。だけど引っ掛かったままになってます…